「建築と不動産のあいだ」~関東学院大学特別講演


横浜の金沢八景にキャンパスのある関東学院大学の建築・環境学部の学生を対象に講演をした。「建築と不動産のあいだ」というテーマをいただき、前の週は株式会社ルーヴィスの福井さんの番だった。彼は、リノベーション業界の叩き上げで、リノベーションど真ん中の話題だったから、僕はちょっと別の話題を選んだ。「建築は、投資である」という話をした。 投資というのは、たくさんのお金を投じて、その後のリターンを期待する活動である。建物を建てる際にはたくさんの建築費がかかる。小さいものでも数千万、大きくなると数百億、一千億を超えることもある。それだけの資金を投じるのは、何らかの見返りがあるからである。オフィスビルを開発してテナント企業から賃料収入を得る場合であれば投資として分かりやすいが、自宅の家を建てるという場合でも、「そこに住む」という権利を得るリターンがある。そこに住めるから他に家を借りたりする賃料支出がいらなくなるという見えない収入(見なし賃料)で経済的価値を計ることもできる。すなわち、建築=投資ということになる。 別の言い方をすると、投資リターンを期待しない建築行為はあってはならないということ。まず少なくとも、施主のお金を託されて建築の計画をする者は、施主のリターンについて敏感になるべきだ。リターンは、得る金と出ていく金の差額で決まる。建築の良し悪しがこの両方に直結する。その成果を投資額との対比で表した数字が利回りである。この簡単な割り算をする習慣さえ身に付けば、建築の仕事の質も変わってくると思う。

たまにリターンを期待しないような施主、「私はたくさんのお金はいらない」と言い切る施主もいる。それはそれで、立派な投資コンセプトのひとつであるが、残念ながら、リターンを適切にコントロールしないと、後々の維持費がかかり過ぎて立ち行かなくなることがある。たくさんのお金が得られないだけならまだしも、湯水のように出ていくお金ばかりで、この状態が続くと、さすがにどんな金持ちでも苦しくなる。そうやって最後は売却か、建て壊しとなっていまう。ちなみに、金食い虫となった建築には、買い手もつかないことが多い。そうやって黙って廃墟化していくしか道がなくなった施設が日本中に至るところにある。そういう建築をやってはならない。 さて、建築と不動産のあいだというテーマだったが、その答えが人材の問題だ。建築の業界と不動産業界との間に人材面で大きな溝がある。その背景として、それぞれのキャリアパスの違いもあるが、さかのぼると大学で教えている授業の中身の問題もある。建築学科の授業にお金を扱う講義がひとつもなかったりする。勢い、建築関係の人には、「お金ことは不動産屋がやってくれる」という他人任せな甘えも見受けられる。「建築が投資」であるにも関わらずだ。この矛盾が、建築の人材に対する社会的期待と現実とのギャップを生んでおり、日本では「優良な建築投資」が極めて少ない結果になっていることと無縁ではなかろう。このことが、あちこちで起こっている問題の根底にある。例えば、新国立競技場建設の迷走劇も、根本的な問題としてこれがある。この流れを少しでも変えていかなければと切に思う。

このことをこれから建築の仕事を担っていく学生たちに伝えたかった。伝わったかな?

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